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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)7661号 判決

原告

増田敏

代理人

尾崎昭夫

被告

東京交通興業株式会社

代理人

渕上貫之

復代理人

金谷鞆弘

前田貞夫

被告

川勝秀吉

代理人

芹沢政光

上治清

土屋博

主文

(1)  被告川勝秀吉は原告に対し金三九一、六七七円および内金三六一、六七七円に対する昭和四一年一二月二日より完済迄年五分の割合による金員を支払うべし。

(2)  原告の被告川勝秀吉に対するその余の請求および被告東京交通興業株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用のうち、原告と被告東京交通興業株式会社との間に生じたものは原告の負担とし、原告と被告川勝秀吉との間に生じたものはこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告川勝秀吉の負担とする。

(4)  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者らの求める裁判

(一)  原告(訴訟代理人)

(1)  被告らは原告に対し連帯して金一、一三八、九四一円およびこれに対する昭和四一年一二月二日より完済迄年五分の割合による金員を支払うべし。

(2)  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(二)  被告両各(各訴訟代理人)

いずれも原告請求棄却、訴訟費用原告負担の判決。

第二  原告主張の請求原因

(一)  事実事故の発生

昭和四一年一二月一日午前二時三〇分頃、東京都港区元赤坂二丁目二番二一号先路上について、原告が乗客として乗車していた訴外大神章嗣運転のタクシー(品五い二二三一号・以下甲車という)が、訴外大久保浩三郎運転の普通自家用自動車(多五う三五八四号)に追突され、そのため原告は頸椎鞭打損傷を受けた。

(二)  治療状況

原告は、事故直後救急車で慶応病院に運ばれ、頸椎鞭打症と診断された。事故当日の夜明けと共に霞が関診療所で治療を受け、鞭打症との診断のもと、昭和四一年一二月七日迄通院加療した。その後入院の必要あるため、同月八日慈恵医大病院に転医し、昭和四三年五月四日迄治療を受け、その間昭和四一年一二月一五日より翌四二年二月二七日迄入院生活を送つたほか、昭和四一年一二月一五日には日大病院に通院治療をうけた。

なお、原告は、医師の指導のもと、昭和四二年三月一一日より同年五月四日迄は福岡マッサージ療院、小川マッサージ療院、小守スポーツマッサージ療院などの施療を受けた。

しかし原告の受傷による症状は根治せず、本件口頭弁論終結時現在も、なお天候のいかによつては、頭痛、軽度の目眩を感じる状況である。

(三)  被告らの責任原因

被告東京交通興業株式会社(以下被告会社という)は、甲車を、本件事故発生当時、自己のタクシー営業(一般乗用旅客自動車運送事業)のため運行の用に供していた者である。被告川勝秀吉(以下被告川勝という)は、乙車を保有し、その運行を自己の支配下におき、その運行によつて生ずる利益を受ける立場にあり、本件事故発生時訴外大久保浩三郎の求めに応じ、これに乙車を貸与していたのである。

従つて、被告両名は、いずれも運行供用者の地位にあり、甲・乙車の運行によつて原告の身体を害した以上、原告の蒙つた損害を賠償しなくてはならない。しかも、被告会社は、旅客である原告を安全に運送すべき債務を負つていたのであるから、商法第五九〇条によつても、損害賠償義務を負うことは明らかである。

(四)  損害

本件事故のため原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(1)  治療関係費

(イ) 霞が関診療所支払分(昭和四二年度中支払) 金一二、八〇〇円

(ロ) 小川マッサージ療院支払分(昭和四二年四月二日支払) 金一、〇〇〇円

(ハ) 慶応大学病院支払分(昭和四二年八月一日支払) 金二、〇〇〇円

(ニ) 福岡マッサージ療院支払分(昭和四二年八月五日支払) 金二、四五〇円

(ホ) 小守スポーツマッサージ療院支払分(昭和四二年八月九日支払)

金三、一〇〇円

(ヘ) 慈恵医大病院支払分(昭和四二年九月九日支払) 金八九、二四八円

(ト) 右同(昭和四二年九月一二日支払)

金三五九、二三〇円

(チ) 日大病院支払分(昭和四二年九月二一日支払) 金一、二〇〇円

(2)  見舞返し費用

金五二、一三二円

(3)  休業補償

金一九一、八五四円

原告は、多摩美術大学美術学部を卒業、さらに研究科を終えたうえ、デザイナーとして訴外日本無線株式会社宣伝課に勤務中の、事故当時満三一年の男子である。原告は本件事故による傷害治療のため、昭和四一年一二月一日より一〇六日間欠勤した。原告の受傷前三ヵ月間の平均日収の一〇六日分は金一七一、五五四円である。また右欠勤のため、原告は昭和四二年度期賞与を、本来ならば月収の二ヵ月分うべかりしところ、1.4ヵ月分のみうるにとどまり、金二〇、三〇〇円の損失を蒙つた。

(4)  慰藉料

金一、〇〇〇、〇〇〇円

原告は、全く過失なくして、本件事故に遭遇しており、事故のため、長期欠勤においこまれ、今なお根治せず、後遺症に怯え、商業デザイナーとしての職業生活に多大の危惧を覚え、結婚生活にも踏切れないでいる状況である。原告の右精神的損害は金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて慰藉さるべきである。

(5)  弁護士費用

金五〇、〇〇〇円

(五)  損害の一部填補

右損害のうち、被告会社よりの弁済と、自賠責保険金により、原告は金六二六、〇七三円相当の満足を受けた。

(六)  結論

よつて原告は被告らに対し、損害金一、七六五、〇一四円より填補分金六二六、〇七三円を控除した金一、一三八、九四一円およびこれに対する不法行為の翌日の昭和四一年一二月二日より完済迄年五分の割合による民法所定遅延損害金の連帯しての支払を求める。

第三  被告らの答弁と抗弁

(一)  被告会社

(一) 答弁

請求の原因第一項のうち、原告主張の日時場所で、甲車が乙車に追突されたこと、原告が甲車の乗客であつたことは認めるが、原告が右事故で主張のとおり受傷したか否かは知らない。

同第二項は不知。

同第三項のうち、被告会社が原告主張のとおり甲車の運行供用者であることは認めるが、被告会社に損害賠償義務があるとの主張は争う。

同第四項は不知。

同第五項は認めて争わない。

(二)  抗弁

本件事故については、、被告会社・その使用運転手訴外大神いずれにも、過失はまつたくない。

本件事故は、訴外大神が甲車を、事故場所において信号機の停止信号に従つて停車させた後約一〇秒経過後、訴外大保運転の乙車に追突されたもので、事故は訴外大久保の一方的過失にもとづくものである。

停車した車の運転手が後続車に追突されることを避けるため、常に後続車の動静に注意を払うことは、するにこしたことはないものの、法律上の注意義務として課されるものではないと解すべきである。しかも、事故現場は片側三車線で、当時、都電軌道よりに停車させた甲車のほかは、他車線には一台の車も停車していなかつたのであるから、たとえ後続車を認めたとしても、後続車は、他車線に進入してくるであろうと推測されるところであり、後続車を衝突直前追突の危険ある状態で発見したとしても、衝突を避けることは不可能である。

また事故現場は、坂道でもなく、混雑している場所でもないのであるから、サイド・ブレーキを操作する要はなく、フート・ブレーキにより停止の措置をとり、停車し続けた甲車には、なんら運転上の過失なく、またなんら構造上の欠陥、機能の障害のない自動車をもつて、運転手たる訴外大神をして運転にあたらせていた被告会社には旅客運送上の義務遂行に欠けるところなかつたこと明らかである。

(二)  被告川勝

(一) 答弁

請求の原因第一および第二項は不知。

同第三項のうち、被告川勝が乙車を保有していたことは認めるが、本件事故発生時訴外大久保の求めに応じ、これに乙車を貸与していたとの事実は否認する。

同第四項は不知。

同第五項は認めて争わない。

(二) 抗弁

被告川勝は、本件事故当時、乙車に対する運行の支配と利益を失つていた。

即ち、被告川勝は、その以前訴外大久保の乞いを容れ、五日間程度の約で乙車を貸与してやつたのであるが、本件事故発生前既に右約定の返還期日が到来しており、被告川勝の催告に応じ、訴外大久保は、近日中に受けなければならぬいわゆる車検(継続検査)にそなえ、整備のために、乙車を昭和四一年一一月二八日迄に、訴外東京日野自動車工業株式会社へ引渡しておくことを約束していた。従つて、本件事故時に訴外大久保が乙車を運転していたとしても、それは、被告川勝の了解なしに無断でただ訴外大久保の利益のためにのみ、その支配の下運行されていたことになるのである。それ故被告川勝には、本件事故に関し、原告に賠償義務を負ういわれはまつたくない。

第四  抗弁に対する反駁

(一)  被告会社の抗弁のうち、本件事故が、訴外大神において甲車を事故場所で信号機の停止信号に従つて停車させた後、訴外大久保運転の乙車に追突された事故であることは認めるが、その余の事実は否認する。

被告会社および訴外大神は、タクシー営業者およびその雇傭運転手として、旅客の運送に当つて払うべき注意義務は、通常のそれよりは高度なものが要求される。しかるに被告会社は右大神を同社の運転手として雇入れる際、その運転技能・適性等につき充分な審査をつくした形跡はなく、さに歩合給制度など無謀危険な運転を惹起しやすい賃金体系をとりながら、極めて長い労働時間稼働を続けさせるなど、交通事故誘発の原因をつくり出しており、甲車には安全枕・安全ベルトなど事故防止のための部品がまつたく備えつけられていなかつた。また運転手たる訴外大神は、信号に従い停車した際、次の発進を急ぐあまり、サイド・ブレーキは勿論、フート・ブレーキさえ充分作動させておらず、しかも後方に対する注意をまつたく払つていなかつた。もし同人が後方に対する注意を、例えば後写鏡などにより払つていたならば、本件事故は避けえたはずである。

(二)  被告川勝の抗弁は否認する。

第五  証拠〈省略〉

理由

(一)  原告主張の請求の原因第一項のうち、原告主張の日時場所で、甲車が乙車に追突された事実および原告が甲車の乗客であつた事実は、被告会社との間では争なく、被告川勝との間でも、〈証拠〉により、これを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(二)  〈証拠〉をあわせると原告は本件事故により頸椎鞭打損傷をうけ、そのため、請求の原因第二項記載どおり入院ならびに通院をして治療しその結果、本件口頭弁論終結時、時折頭痛を覚えるものの、本件事故にもとづく後遺症と明確に知覚しうるまでの症状は存しない程度に回復したこと、が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)(1)  請求原因第三項のうち、被告川勝が乙車を保有していたことは、同被告において原告の主張どおり争わないところであり、〈証拠〉をあわせると、同被告は訴外大久保より乞われるまま、乙車を短期間の約で貸与してやつたところ、右大久保は、これを運転中本件事故を惹起したこと、事故後乙車は右大久保の費用負担のもと、破損部分修理のうえ被告川勝に返還されていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告川勝は乙車に対する運行支配と利益を本件事故時失つていないこと明らかである。

被告川勝は、本件事故時、乙車の返還期日が既に到来していた旨主張し、〈証拠判断・略〉、仮に右主張のとおりとしても、前記認定よりすると乙車は事故前に被告川勝の意思で貸与され、いずれにせよ短期のうちに被告川勝に返還されることになつていたのであるから、これをもつて、同被告が本件事故時乙車に対する運行供用者の地位から去つていたものとすることはできない。

(2)  請求原因第三項のうち、被告会社が原告主張のとおり甲車の運行供用者であることは、被告会社において争わないところである。しかし被告会社は、本件事故につき免責・注意不懈怠の抗弁を主張するので、この点につき検討する。

本件事故が、訴外大神において甲車を事故場所で信号機の停止信号に従つて停車させた後、訴外大久保運転の乙車に追突された事故であることは原告・被告会社間に争いなく、〈証拠〉によると、事故現場は平坦な路面で、中央に都電軌道が敷設されている道路であり、甲車が止れの信号に従つて停止した位置は、都電軌道寄りで、甲車の右側にはさらに車二台程度が停止可能であり、かつ、停止線に車前面を近接させる地点であつたこと、訴外大神はフート・ブレーキを作動させ通例停止の際なす措置は怠りなくとつたうえ甲車を停止させその後、信号に従い発進させるべく前方に注意を向けていたところ、甲車停止後約一〇秒して本件追突事故が発生したこと、追突した乙車の運転者訴外大久保は、運転中喫煙した煙草の吸殻が自己の膝に落ちたのに気をとられ、前方注視を欠いたため、甲車との距離約一〇米となるまで、これに気付かず、その地点で制動を施すも及ばず追突に至つたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

自動車運転手としては、後続車は直前の自車が急に停止しても追突を避けうるよう必要な距離を保つて進行するものと信頼して差支えなく、従つて停止している車に対し、同一進路を進んでくる後続車も適切な制動措置をとり追突の危険を避けてくれるものと信頼してよいこと明らかであり、さすれば、本件のごとき平坦な路上でフート・ブレーキを作動させ、通例停止の際なす措置は怠りなくとつたうえ、法的にも誤りない位置に車を停止させた運転者に対し、後続車に対する追突等の危険避止のため後方注視義務を課すことはできず、停止措置にもなんら過失はなかつたと認められる。右の理は、甲車がタクシー営業車であつても、その結論を異にするものではない。

次に、〈証拠〉によると、甲車には事故時安全枕等が備えられていなかつたことが認められるけれども前記認定よりして、右備置により、本件追突事故が避けえたと判断することはとうていできないし、また、〈証拠〉によると、当時販売されていた安全枕の性能は劣悪で、右備置によつても本件事故は軽減しえなかつたと認められるのでこれをもつて被告会社の責任根拠とすることはできないし、〈証拠〉によると、甲車は事故当日始業点検をしたうえ出庫し、当日走行中もなんら異状が認められなかつたことが認定できるので、甲車には構造上の欠陥、機能の障害は存していないといえる。

なお、〈証拠〉によると訴外大神は、昭和三九年被告会社入社以来昭和四四年迄の間に二・三物件事故を惹起したことはあるものの、運転技能は劣悪なものでないことが認められるうえ、本件事故については、前認定のとおり、運転手たる訴外大神に過失が認められない以上、労働条件につき被告会社に仮に咎められるべき点があつたとしても、これをもつて、本件事故結果と相当因果関係にある原因とみることはできないので、被告会社も、本件につき無過失とみるべきである。

そうすると、本件事故は第三者訴外大久保の前認定過失により発生したもので、被告会社および運転者訴外大神には、右事故発生につき過失なく、甲車には構造上の欠陥、機能の障害ないことになるから、被告会社は運行供用者責任を負わず、また右のとおり被告会社あるいは運転者訴外大神は、乗客の運送につき注意を怠らず過失はなかつたのであるから、旅客たる原告に対し損害賠償義務を負わないことになる。

(四)(1)  原告は既に認定した((二))とおり、本件事故による傷害の治療を受けたのであるが、〈証拠〉によるとそのため、各病医院等に左記のとおりの治療費を、記載どおりの期日迄に支払うべき債務を負つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(イ)  霞が関診療所 金一二、八〇〇円

昭和四二年一〇月二〇日

(ロ)  小川マッサージ療院

金一、〇〇〇円

昭和四二年四月二日

(ハ)  慶応大学病院 金二、〇〇〇円

昭和四二年八月五日

(ニ)  福岡マッサージ療院金二、四五〇円

昭和四二年八月五日

(ホ)  小守スポーツマッサージ療院

金三、一〇〇円

昭和四二年八月九日

(ヘ)  慈恵医大病院 金八九、二四八円

昭和四二年九月九日

(ト)  右同 金三五九、二三〇円

昭和四二年四月七日

(チ)  日大病院 金一、〇〇〇円

昭和四二年九月二一日

そして、原告は本訴において、事故の翌日より遅延損害金を請求しているのであるから、右治療費より、おのおの中間利息を控除した金員を治療関係相当金として被告川勝に賠償させるべきである。よつて(イ)一二、二五七円、(ロ)九八三円、(ハ)一、九三四円、(ニ)二、三七〇円、(ホ)二、九九七円、(ヘ)八五、九二六円、(ト)三五三、〇五六円、(チ)一、一五四円の合計金四六〇、六七七円が治療関係損害金となる。

(2)  原告は治療中の見舞客への返礼品相当金の賠償請求を求めるが、右出費は本件事故により当然負担せざるをえなくなる範囲のものとは解せられず、これを相当の出費とみうる特段の事情が全証拠によるも認め難い本件では、右請求は失当である。

(3)  〈証拠〉によると、原告は事故当時訴外日本無線株式会社に商業デザイナーとして勤務し、昭和四一年九月より一一月迄の間に、金一四五、六五九円の給与をえていたところ、本件事故のため昭和四一年一二月一日より昭和四二年三月二〇日迄欠勤し、その間の給与は受領しえず、右会社より給与と同額の金員を生活資金として貸し与えられている状況となつていること、さらに、右欠勤のため、昭和四二年六月末日支給の夏期賞与は右欠勤が主として影響し、金二〇、三〇〇円減額されたこと、が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定事実によると、原告は、公租その他を考慮するとき、一ヵ月当り金四二、〇〇〇円を下らない純収入をうるはずであつたと認められ、従つて、本件事故のため、昭和四一年一二月、翌四二年一月、同年二月各毎月末日に金四二、〇〇〇円宛、同年三月末日に金二八、〇〇〇円の、そして同年六月三〇日に金一五、〇〇〇円の収入減をきたしたと認めるのが相当である。これらより各中間利息を控除した金員の合計金一六七、〇七三円を被告川勝より原告に対し支払わせるのが相当である。

(4)  前記認定した原告の受傷および治療状況に、原告の職種その他の諸般の事情を綜合勘案すると、原告が本件事故によりうけた精神的損害は金三六〇、〇〇〇円をもつて慰藉するのが相当である。

(5)  〈証拠〉によると、原告は、被告会社事故処理係を介し、本件事故後、示談の努力をし、保険金請求手続なども、自らの手で行ない事件の早期解決につとめたうえ、被告側よりの任意弁済が望めないと判断して、原告訴訟代理人に金五〇、〇〇〇円の手数料を支払つて本訴を提起するに至つていることが認められるので、前同証拠によると、被告川勝に直接示談交渉をもつたことはないことは認められるものの、右訴訟提起をもつて、性急なものとみることはできない。

従つて、右事実に本訴の経緯をあわせ考えると、被告川勝に負担させるべき原告の弁護士費用は金三〇、〇〇〇円が相当である。

(五)  本件事故により生じた右損害金につき、金六二六、〇七三円が支払われ、これが遅延損害金以外の損害金に充当されたことは原告において自陳し、被告川勝において争わざるところである。

そうすると、原告は被告川勝に対し金三九一、六七七円およびこれより弁護士費用を控除した金三六一、六七七円に対する本件不法行為の翌日である昭和四一年一二月二日より右完済迄年五分の割合による民法所定遅延損害金の支払を求めることはできるが、右を越えて同被告に賠償請求することはできないし、被告会社に賠償金支払を求めることはできない。なお被告に負担させるを相当とする弁護士費用は、原告取得の損害賠償請求権の確定そして満足のため必要な訴訟追行のための費用であり、被告との間では、訴訟費用と本来的に異なるものでなく、判決言渡などにより、その履行期が直ちに到来し、遅延損害金が発生するものと解すべきでなく、判決言渡の段階で、履行期末到来の将来債権の給付の訴につき、その必要性が明確に主張されていない本件で、直ちに、右遅延損害金を認容すべきではない。

よつて原告の被告川勝に対する本訴請求は右限度で理由があり正当であるので認容し、その余の被告川勝に対する請求と被告会社に対する請求は理由がなく失当であるので各棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。(谷川克)

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